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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)227号 判決 1997年9月25日

東京都豊島区上池袋3丁目16番6号

原告

染谷宣男

同訴訟代理人弁理士

高橋康夫

横沢志郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

主代静義

後藤千恵子

小池隆

群馬県高崎市江木町275番地

被告補助参加人

株式会社マリンコーラル

同代表者代表取締役

上原晋

同訴訟代理人弁護士

安田有三

同弁理士

川上宣男

弁護士安田有三復代理人弁護士

小南明也

東京都港区赤坂9丁目1番7-449号

被告補助参加人

オヒロ有限会社

(組織変更前の名称 オヒロ株式会社)

同代表者取締役

小田切忠正

同訴訟代理人弁理士

山本彰司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第19735号事件について平成7年7月25日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「飲料水等の水質改良材」とする特許第1652802号発明(昭和54年10月27日にした特許出願を昭和63年7月15日に分割出願、平成3年2月21日に出願公告、同4年3月30日に設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年11月21日に訂正審判を請求し、平成6年審判第19735号事件として審理されたが、平成7年7月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月21日原告に送達された。

2  本件発明の特許請求の範囲

実質的に塩分を含まない炭酸カルシウムを主成分とする砂状のサンゴ化石又はコーラルサンドを加熱し活性化して成る飲料水等の水質改良材。

3  審決の理由の要点

(1)  本件審判請求の趣旨は、特許第1652802号発明の明細書を審判請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正しようとするものである。前記訂正明細書の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。

「実質的に塩分を含まない炭酸カルシウムを主成分とするコーラルサンドを250℃~350℃に加熱し活性化して成り、かつ、その形状が平均1mm程度の粒状体である飲料水等の水質改良材。」

(2)  訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明(以下「訂正発明」という。)の出願前に頒布された刊行物である実願昭52-6444号(実開昭53-102258号)の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフイルム(以下「引用例1」という。)には、「本考案は、家庭用の水槽などの水質の安定化を図る充填体に関するものである。本考案に係る水質安定化充填体は、周囲をシールした繊維質容器にコーラルサンドを充填してなる。」(1頁8行~12行)が記載され、「コーラルサンド(サンゴ砂)は、亜洋性のサンゴ泥帯とサンゴ礁縁の間に分布する比較的粒の粗い石灰質の物質であって、・・・その殆んどが炭酸カルシウムからなっている。そして、不規則な凹凸や細孔が無数にあるため、表面積が大きくかつ粒子と粒子との間には必ず空隙を生ずることになり、・・・次のような各種の性状を示す。(1)水中に溶解している炭酸ガスを始めとする酸性物質をカルシウム塩に変換させる・・・(3)酸性液を中和しながらカルシウム分を僅かづつ溶出するので、継続的にpH調節作用とカルシウムの補給作用とを営む(4)・・・コーラルサンドは鉄、カドミウム、銅、水銀、クロム(三価)などの重金属イオンを吸着する能力にすぐれ、・・・このように、コーラルサンドはpHの調節、炭酸ガス、硫化水素、アンモニア、重金属イオンなどを除去し、水質の安定化を達成し、また透明度も改善する働きを示す。このような水質安定化作用を営むコーラルサンドを繊維質容器に充填した水質安定化充填体は、特に家庭で用いられる飲料用水槽・・・の水質の持続的な安定化作用を有効に達成させる」(2頁1行~3頁13行)ことが記載されている。

また特開昭53-94290号公報(以下「引用例2」という。)には、「実質的に塩分を含有しないサンゴ化石が200~800℃好ましくは500~700℃で焼成され、冷却後、粉砕され20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュの粒度を有する重金属イオン用サンゴ化石吸着剤。」(特許請求の範囲第1項)が記載されており、発明の目的として、「サンゴ化石は本土の石灰岩に比し極めて多孔性であるため、重金属イオンの吸着除去率が優れており、・・・しかしながら、天然物そのままのサンゴ化石では吸着能が弱くて、その寿命が短かく不均一であるため実用化されるに至っていない。本発明の第1の目的は多孔性サンゴ化石の吸着性特に重金属イオンの吸着性を向上改良し産業上使用できる重金属イオン用サンゴ化石吸着剤を提供する」(2頁左上欄6行~16行)ことが記載され、サンゴ化石の説明として、「琉球列島付近には、サンゴ礁の産地を控えており、その採掘可能な埋蔵量は50億トンと推定され豊富な資源として有効利用が期待されている。サンゴ化石は方解石を主成分とし若干の霰石を含有しているもので、第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺骸から構成されたもので非常に多孔性の化石である。」(1頁右下欄14行~20行)が記載され、効果として、「200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。・・・焼成したままの20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュに粉砕した焼成サンゴ化石は焼成前のものより吸着性の向上が認められた。」(2頁右下欄11行~19行)が記載され、焼成に関し、「小さい実験ではルツボで焼く事もできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉等が好ましい。」(2頁右下欄6行~10行)が記載されている。

(3)  訂正発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、後者の水質安定化充填体は飲料水の水質を安定化させるものであって、後者のコーラルサンドもその使用目的からみて実質的に塩分を含まないことは明らかであるから、両者は「実質的に塩分を含まない炭酸カルシラムを主成分とする粒状のコーラルサンドから成る飲料水等の水質改良材。」とした点で一致し、次の点で相違している。

<1> 前者がコーラルサンドを250℃~350℃に加熱し活性化したのに対し、後者はコーラルサンドは加熱していない点。

<2> 前者がコーラルサンドの形状を平均1mm程度の粒径としたのに対し、後者は粒径が不明な点。

(4)<1>  相違点<1>について

引用例2には、サンゴ化石を、200~800℃で焼成することにより吸着性を向上させることが記載されている。

そして、引用例2における焼成とはその具体的記載である「小さい実験ではルツボで焼くこともできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉が好ましい。」から見て、加熱することと格別相違するものとは認められず、訂正発明の加熱と表現上の相違にしかすぎない。

また、訂正明細書の「加熱活性化により細孔が発達すること」(訂正明細書4頁3行~5行)の記載、表2に原水中の残留塩素が濾過水では不検出になること(訂正明細書 表2)が記載されていることからみて、訂正発明においてもコーラルサンドを加熱することにより原水中の残留塩素などの不純物を吸着して除去する能力が向上するものと認められるので、訂を正発明の「加熱して活性化する」は、その具体的な作用として加熱することにより吸着性が向上することを含むものと認められる。

してみると、訂正発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるものの、これらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。

そして、引用例2のサンゴ化石も第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺骸から構成されたもので非常に多孔性の化石であることからみて、天然の生体である腔腸動物に由来する造礁サンゴが自然の力によって粉砕された訂正発明のコーラルサンドとその性質が格別相違するものとは認められないことからみて、相違点<1>のように、コーラルサンドを250℃~350℃に加熱し活性化させることは当業者が容易になし得たものと認める。

<2>  相違点<2>について

コーラルサンドが粒径1mm程度のものを含むことは周知の事項であり、粉砕したものではあるが、サンゴ化石吸着剤として20~100メツシュ(約1.03~0:13mm(社団法人化学工学協会編「化学工学便覧」昭和53年10月25日丸善株式会社発行、989頁、表13・7参照))の粒度のものを用いているから、コーラルサンドの粒径を平均1mm程度とすることも当業者が容易になし得たものと認める。

<3>  したがって、訂正発明は引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認める。

(5)  以上のとおり、本件訂正は、訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により構成される発明が特許法29条2項の規定に違反し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであり、同法126条3項の規定に適合したものでないから、これを認めることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、訂正発明が特許法29条2項の規定に違反し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点<1>の判断の誤り(取消事由1)

<1> 審決は、引用例2のサンゴ化石は訂正発明のコーラルサンドとその性質が格別相違するものではないとしている。

しかし、コーラルサンドは次第に環境の影響を受けて変成するが、サンゴ化石は比較的短時間に組成構造の変化が進んでおり、多孔質の程度を知る目安として例えば比表面積を用いて両者を比較すると、コーラルサンドの場合には4~5m2/gであるのに対して、サンゴ化石の場合にはせいぜい0.7m2/g程度ないしそれ以下の値である。すなわち、サンゴ化石の多孔質の程度はコーラルサンドのそれに比較して10分の1程度であり、この点のみを比較しても両者は顕著に相違している。

<2> 審決は、引用例2における焼成と訂正発明における加熱とは表現上の相違にしかすぎないとしているが、誤りである。

「加熱」は文字どおり「熱を加えること」であり、「焼成」は、「熱を加えて被加熱物に何らかの変化、すなわち成果を求め、あるいは期待する」ことを意味するものであって、全く別異の概念である。また、技術用語としても明らかに異なる語であって、焼成は、「鉱物加工工業において広く用いられる高温処理の一方式」と定義されるものであり、焼成目的としては、熱分解、合成、置換などの化学反応、焼結などを挙げることができる。

引用例2の記載によると、サンゴ化石を200~800℃で焼成しこれを粉砕して20~100メッシュ程度のものにするというのであるが、ここでいう「焼成」は、熱分解によりサンゴ化石に含まれる炭酸カルシウムを生石灰(酸化カルシウム)に変えることであり、まさに上記意義における「焼成」がなされているものである。

<3> コーラルサンドやサンゴ化石などの炭酸カルシウムを主成分とする物質を加熱すると、400℃あたりから徐々に熱分解が始まり700~900℃でピークに達する。したがって、引用例2には、サンゴ化石の焼成温度として200~800℃との記載があるものの、好ましくは500~700℃と記載され、実施例では2例とも650℃が示されている。引用例2の発明は、焼成によりサンゴ化石の主成分たる炭酸カルシウムを酸化カルシウムに変質せしめている。すなわち、重金属イオンをサンゴ化石と反応させて難溶の炭酸塩として沈澱分離するだけでは不十分であるため、焼成によって酸化カルシウムに変化きせ、これを用いてpHを11以上に上げ、重金属イオンを更に難溶な水酸化物として沈澱分離の効果を高めようというものである。

したがって、引用例2には、250~350℃の温度範囲が含まれているサンゴ化石の焼成について記載されているものの、上記温度程度の加熱では引用例2の発明の目的を達成することはできないのであって、訂正発明の加熱温度範囲である250~350℃については実質的に開示されていないものというべきである。

そして、周知のように、酸化カルシウムの水溶液は、生じた水酸化カルシウムの加水分解の結果、強いアルカリ性を呈するので到底飲用に供することはできない。引用例2の発明はあくまでも重金属イオン分離塔に用いられる水を対象とする重金属吸着剤であって、飲料水の水質改良材とは全く異なるものであり、飲料水への適用を示唆する記載はない。

他方、訂正発明における加熱は、引用例2におけるような焼成を目的とするものではなく、コーラルサンドが本来有している性質を活性化させるためのものである。したがって、加熱は引用例2におけるような高温のものであってはならない。審決がいうように、訂正発明における加熱によって原水中の残留塩素などの不純物を吸着除去する能力が向上するのは事実であるが、その作用は引用例2とは次のように異なる。すなわち、引用例2においては、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させることにより、重金属を水に難溶のものとし、沈殿分離効果を促進させるというものであるのに対し、訂正発明においては、加熱によって表面積を増大させることなどにより、物理的に吸着能力を増大させようというものである。したがって、等しく吸着性の向上といっても、両者は吸着のメカニズムを全く異にしている。さらに訂正発明においては、加熱の結果、コーラルサンド中に含まれる炭酸カルシウム、マグネシウムなどのミネラルを溶出しやすくするという、引用例2にはない別の効果も生じるのである。

上記のとおりであるから、「訂正発明も引用例2の発明もコーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるものの、これらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。」とした審決の判断は誤りである。

<4> 以上のとおり、訂正発明と引用例2の発明とは、コーラルサンドとサンゴ化石の点、及び、加熱活性化と焼成の点でそれぞれ相違し、引用例2の発明はサンゴ化石を焼成することにより重金属吸収性を改善しているのであって、カルキ臭の除去やミネラル化については言及していないものであり、また、引用例2には、250~350℃の温度範囲が含まれているサンゴ化石の焼成について記載されているのみであって、訂正発明における加熱活性化については実質的に開示されていないものというべきであるから、「相違点<1>のように、コーラルサンドを250℃~350℃に加熱し活性化させることは当業者が容易になし得たものと認める。」とした審決の判断は誤りである。

(2)  相違点<2>の判断の誤り(取消事由2)

審決は、コーラルサンドが粒径1mm程度のものを含むことは周知の事項であるとしているが、そのような事実はない。

審決は、社団法人化学工学協会編「化学工学便覧」昭和53年10月25日丸善株式会社発行、989頁、表13・7(乙第2号証)を参照して、引用例2におけるサンゴ化石吸着剤の粒度20~100メッシュは、粒度約1.03~0.13mmに相当すると認定し、その前提で進歩性の判断をしている。

メッシュは、篩の目の大きさを表す単位であるが、篩に関するJIS規格は昭和51年から同57年に改められていることから、訂正発明の出願時(昭和54年)に用いられていた規格は、アメリカのASTMに準拠した昭和51年度のものである(JIS Z 8801-1976 標準ふるい)。その解説表1及び2に記載されたアメリカのASTMとTylerにおける20メッシュの値に対応する数値0.840mmが20メッシュの粒径を最も適切に示すものである。

そうすると、引用例2に示された20~100メッシュは0.840~0.149mmの粒径を示すこととなり、訂正発明の1mm程度を開示するものでないことは明らかである。

したがって、コーラルサンドの粒径を平均1mm程度とすることは当業者が容易になし得たものとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論(被告及び補助参加人ら共通)

1  請求の原因1ないし3認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 訂正発明におけるコーラルサンドと引用例2におけるサンゴ化石の造成履歴の違いにより比表面積等に差異があるとしても、両者は、もとより炭酸カルシウムを主成分とする多孔質体であって、その基本的構成部分において変わりあるものでないから、これらの差異によって、両者の性質が加熱し活性化するうえにおいて、格別相違するということにはならない。

<2> 訂正発明は「活性化」を目的として「加熱」が行われるものであり、その目的達成のための最適処理温度が250~350℃というものである。

一方、引用例2記載の発明も、「(焼成温度が)200℃以下では、焼成効果が少なく、・・・800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する」(甲第4号証2頁右下欄11行~14行)との記載から明らかなように、目的をもった「加熱」であり、その目的達成のための最適処理温度範囲が200~800℃というものである。

してみると、訂正発明における「加熱」及び引用例2における「焼成」は、いずれも目的をもった加熱であって、共に、その目的達成のための最適処理温度範囲をもつものであるから、これらは原告が主張するところの「焼成」の意味と何ら区別されるところがなく、結局、両者は表現上の相違にしかすぎないものである。

<3> サンゴ化石中の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変わる温度は、「ほぼ500℃前後に至って分解を開始し、・・・700℃付近から分解は激しくなり、800~900℃で最高」となるものである(甲第11、第12号証)。

このことは、逆に、ほぼ500℃未満の温度範囲においては、サンゴ化石中の炭酸カルシウムは熱分解により酸化カルシウムに変わることはないことを示すものである。

一方、引用例2には、活性化に必要な焼成温度範囲について200~800℃と開示されていると共に、その根拠として、「(焼成温度が)200℃以下では、焼成効果が少なく、・・・800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する」と記載されているから、引用例2における活性化に必要な焼成温度範囲は、(a)サンゴ化石中の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変わることのない200~ほぼ500℃の比較的低温領域においても焼成効果を発揮し、また、(b)一部酸化カルシウムに変わるほぼ500~800℃の比較的高温領域おいても焼成効果を発揮する、ことが開示されているとみるのが相当である。

したがって、「訂正発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるもののこれらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない」とした審決の判断に誤りはない。

<4> 審決は、コーラルサンドを飲料水の水質改良材として用いた場合、飲料水のミネラル化を達成することのできる水質改良効果は、引用例1においてすでに開示された事項として認識しているものである。そして一方で、引用例2に、その性質が格別相違するものとは認められないサンゴ化石について、コーラルサンドと共通の効果である重金属イオンの吸着効果について、天然物そのままのサンゴ化石では吸着能が弱いことから、これを加熱することで更にその吸着効果を向上し得る事実が開示されているため、審決では、引用例1におけるコーラルサンドにもこの引用例2記載の加熱による吸着効果向上のための活性化手段を適用し、その効果を確認してみることは、当業者が容易に想到し得ることと判断したものである。

したがって、引用例2自体に訂正発明における各効果の記載がないからといって、引用例1に引用例2記載の活性化手段を適用することを容易とした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

「砂」の粒径は、日本農学会によれば、最大2mm、最小0.01mm、またJISによれば、最大2mm、最小0.05mm程度の粒子に分類されるものであることは本件発明の原出願前周知の事項であり、コーラルサンドも、その名称からして珊瑚に由来する「砂」に相違ないものであるから、コーラルサンドが粒径1mm程度のものを含むものであることは周知といえるものである。

仮に、昭和51年改定の「JIS Z 8801」によって解釈したとしても、20メッシュは、0.840mmを呼び寸法とするものであってこれ自体ほぼ1mm程度を示すものであるし、また、このふるい目の開きは最大0.966mmまで許容されること(甲第10号証10頁「解説表2」)からしても、これは1mm程度を開示したものといえるものであり、結論において審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は当事者(補助参加人を含む。)間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の特許請求の範囲)、同3(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(1)(訂正明細書記載の特許請求の範囲の記載)、同(2)(引用例1、2の記載事項の摘示)、同(3)(訂正発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定)については、当事者(補助参加人らを含む。)間に争いがない。

2  訂正発明の概要

訂正明細書(甲第5号証の2)には、訂正発明の産業上の利用分野及び目的について、「本発明は飲料水等の水中に浸漬しておくことにより飲料水中の不純物を除去できるとともにミネラル化できる飲料水用の水質改良材に関するものである。」(1頁10行、11行)、「本発明の目的は今まで一般に知られている活性炭を用いることなく、脱臭作用、ミネラル化作用等を備えた水質改良材を実現することにある。」(1頁19行、20行)と記載され、構成及び作用効果等について、「本発明における飲料水用の水質改良材は、炭酸カルシウムを主成分とするコーラルサンド(サンゴ砂)を250℃~350℃に加熱することによって活性化したもので、その形状が平均1mm程度の粒状体である。従って、これを水中に入れると炭酸カルシウムが溶出して水を弱アルカリ性のミネラルウォータとすることができる。また、コーラルサンドは、それ自体が多孔質であり、活性炭と同様に、不純物の吸着、脱臭機能を有している。従って、飲料水のカルキ臭が除去されるとともに、その中の不純物も吸着される。」(1頁22行ないし2頁1行)、「本発明で使用するコーラルサンドは、天然の生体である腔腸動物に由来する造礁サンゴが自然の力によって粉砕されたもので、・・・炭酸カルシウムを主成分とし・・・含んでいる。」(2頁2行ないし5行)、「この活性化とは、加熱によりコーラルサンドの細孔中に残存する有機物質などが除去され、細孔内の微細構造が開発され、表面積の増大、および水の透過性増進等の効果を発現することである。」(4頁3行ないし6行)、「上記活性化したコーラルサンドは、加熱活性化により細孔が発達し、10~50μの多数の細孔を有し、また、極めて大きな表面積と水の透過性を有する。この水質改良材は水中に投入されると適量のカルシウムその他の金属イオンが溶出されることになる。」(4頁7行ないし10行)、「表2及び表3から明らかなように、本発明の水質改良材を使用することにより、水道水のカルキ臭(残留塩素)が除去されると共に、徐々にカルシウムなどが溶出して酸性からアルカリ性に転じ、ミネラルウォータとなることが分かる。」(5頁下から9行ないし7行)、「水中に浸されると、脱臭効果を有するので無臭の水が得られると共に、弱アルカリ性で適量のカルシウムおよび微量のミネラル成分を含有する良質のミネラルウォータが得られる。」(5頁下から3行ないし1行)と記載されていることが認められる。

3  取消事由1について

(1)  上記2認定の事実によれば、訂正発明において、コーラルサンドを加熱することによってコーラルサンドの細孔が発達し、原水中の残留塩素などの不純物を吸着して除去する能力が向上し、またミネラルが溶出しやすくなるものであることが認められ、訂正発明における「加熱して活性化する」は、その具体的な作用として、加熱することにより吸着性が向上することを含むものということができる。

(2)  引用例2(甲第4号証)に、「実質的に塩分を含有しないサンゴ化石が200~800℃好ましくは500~700℃で焼成され、冷却後、粉砕され20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュの粒度を有する重金属イオン用サンゴ化石吸着剤。」(特許請求の範囲第1項)が記載され、発明の目的として、「サンゴ化石は本土の石灰岩に比し極めて多孔性であるため、重金属イオンの吸着除去率が優れており、・・・しかしながら、天然物そのままのサンゴ化石では吸着能が弱くて、その寿命が短かく不均一であるため実用化されるに至っていない。本発明の第1の目的は多孔性サンゴ化石の吸着性特に重金属イオンの吸着性を向上改良し産業上使用できる重金属イオン用サンゴ化石吸着剤を提供する」(2頁左上欄6行~16行)ことが記載され、サンゴ化石の説明として、「琉球列島付近には、サンゴ礁の産地を控えており、その採掘可能な埋蔵量は50億トンと推定され豊富な資源として有効利用が期待されている。サンゴ化石は方解石を主成分とし、若干の霰石を含有しているもので、第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺骸から構成されたもので非常に多孔性の化石である。」(1頁右下欄14行~20行)と記載され、効果として、「(焼成温度が)200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。・・・焼成したままの20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュに粉砕した焼成サンゴ化石は焼成前のものより吸着性の向上が認められた。」(2頁右下欄11行~19行)と記載され、焼成に関し「小さい実験ではルツボで焼くこともできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉等が好ましい。」(2頁右下欄6行~10行)と記載されていることは、当事者間に争いがない。

引用例2の上記各記載によれば、引用例2の発明における焼成は均一加熱が好ましいものとされ、その焼成温度は200~800℃であり、焼成することによりサンゴ化石の吸着性が向上改良されるものであることが認められる。

(3)  上記(1)、(2)によれば、引用例2の発明における焼成と訂正発明における加熱活性化とは、いずれも吸着性の向上をもたらすものであって、その技術的意義において格別相違するところがあるとは認められず、その加熱温度も重複していることからすると、審決が、「訂正発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるもののこれらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。」と判断した点に誤りはないものというべきである。そして、引用例2のサンゴ化石と訂正発明や引用例1のコーラルサンドとは、いずれも炭酸カルシウムを主成分とする多孔質体であって、その基本特性において格別異なるものとは認められないことを併せ考えると、引用例1の発明に引用例2の発明を適用して、コーラルサンドを250℃~350℃に加熱し活性化させるようにすることは、当業者において容易に想到し得る程度のことと認められる。

(4)<1>  原告は、引用例2のサンゴ化石と訂正発明のコーラルサンドとは多孔質の程度が顕著に相違するから、審決が、両者の性質は格別相違するものとは認められないとした点の誤りを主張する。

しかし、サンゴ化石とコーラルサンドは、その造成履歴の違いにより比表面積等に差異があるとしても、いずれも炭酸カルシウムを主成分とする多孔質体である点で共通しており、その基本特性において格別相違するものとは認められないから、原告の上記主張は採用できない。

<2>  原告は、審決が、引用例2における焼成と訂正発明における加熱とは表現上の相違にしかすぎないとした点の誤りを主張する。

「焼成」について、甲第6号証の1ないし3(「国語大辞典言泉」株式会社小学館発行)には、「ある材料や品物を加熱して変化を生じさせ、別の効果を与える操作。原料を分解したり、粘土や素地を硬い石質にしたり、色調を与えたり、強度・硬度を増したりすることなど。」と定義され、甲第7号証の1ないし3(「化学大辞典4」共立出版株式会社発行)には、「窯業などの鉱物加工工業において広く用いられる高温処理の一方式。・・・焼成目的には熱分解、合成、置換などの化学反応焼結などがあげられる。・・・焼成時の処理温度には決まった限界はない。」と記載されていることが認められる。

しかし、本件に則していえば、上記(3)に説示したとおり、引用例2の焼成は、訂正発明における加熱活性化と技術的意義において格別異なるところはなく、その加熱範囲も重複しているのであるから、審決の上記認定に誤りがあるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。

<3>  原告は、引用例2にはサンゴ化石の焼成温度として200~800℃との記載があるもめの、引用例2の発明は、重金属イオンをサンゴ化石と反応させて難溶の炭酸塩として沈澱分離するだけでは不十分であるため、焼成によって酸化カルシウムに変化させ、これを用いてpHを11以上に上げ、重金属イオンを更に難溶な水酸化物として沈澱分離の効果を高めようとするものであるから、250~350℃の温度範囲の加熱では引用例2の発明の目的を達成することはできないのであって、引用例2には、訂正発明の加熱温度範囲である250~350℃は実質的に開示されていないものというべきである旨主張する。

確かに、引用例2には、「焼成の好ましい温度は500~700℃である。」(甲第4号証2頁右下欄14行、15行)と記載され、引用例2に記載の実施例では2例とも焼成温度が650℃であることが認められる。しかし、引用例2の特許請求の範囲には、サンゴ化石の焼成温度は「200~800℃」と明示され、発明の詳細な説明には、「200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。」(同2頁右下欄11行ないし14行)と記載されており、これらの記載と、甲第8、第11、第12号証によれば、コーラルサンドやサンゴ化石中の主成分である炭酸カルシウムの分解は500℃前後から始まるものと認められることからすると、引用例2の発明において、サンゴ化石中の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変わることのない200~500℃の温度範囲においても焼成効果が得られるものと認められる。

甲第14号証によれば、引用例2の発明の出願人は、引用例2の発明における焼成温度を「500~700℃」に補正する旨の手続補正書を提出していることが認められるが、このことから、引用例2の発明においては、200~500℃の温度範囲では焼成効果が得られるものではないとか、引用例2には、訂正発明の加熱温度範囲である250~350℃が実質的に開示されていないとまでいうことはできない。

また、引用例2の吸着法において水溶液のpH値を高くしなければならないという必然性を認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

<4>  原告は、引用例2の発明はあくまでも重金属イオン分離塔に用いられる水を対象とする重金属吸着剤であって、飲料水の水質改良材とは全く異なるものであり、飲料水への適用を示唆する記載はないし、引用例2には、訂正発明において得られるカルキ臭の除去やミネラル化については言及されていない旨主張する。

しかし、審決は、訂正発明がコーラルサンドを250~350℃に加熱し活性化したのに対し、引用例1の発明はコーラルサンドを加熱していないという相違点<1>について判断するに当たり、訂正発明の「加熱して活性化する」というのは、加熱することにより吸着性が向上することと認定し、引用例2には焼成により吸着性を向上させることが開示されていることから、引用例2を引用したものであって、引用例2の技術が飲料水に直接適用されるものとして引用しているわけではない。また、訂正明細書にも記載されているとおり、コーラルサンドは、それ自体が多孔質であり、脱臭機能を有していて、飲料水のカルキ臭を除去するものである。さらに、引用例1中の「コーラルサンド(サンゴ砂)は、・・・次のような各種の性状を示す。(1)水中に溶解している炭酸ガスを始めとする酸性物質をカルシウム塩に変換させる・・・(3)酸性液を中和しながらカルシウム分を僅かづつ溶出するので、継続的にpH調節作用とカルシウムの補給作用とを営む(4)・・・鉄、カドミウム、銅、水銀、クロム(三価)などの重金属イオンを吸着する能力にすぐれ、・・・このように、コーラルサンドはpHの調節、炭酸ガス、硫化水素、アンモニア、重金属イオンなどを除去し、」との記載からも明らかなとおり、コーラルサンドを飲料水の水質改良材として用いた場合に飲料水のミネラル化が得られることは、引用例1にすでに開示されているところである。

したがって、引用例2に原告主張のような上記事項が開示、示唆されていないからといって、訂正発明の容易推考の判断が妨げられるものではない。

<5>  原告は、引用例2の発明においては、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させることにより、重金属を水に難溶のものとし、沈澱分離効果を促進させるというものであるのに対し、訂正発明においては、加熱によって表面積を増大させることなどにより、物理的に吸着能力を増大させようというものであって、等しく吸着性の向上といっても、両者は吸着のメカニズムを全く異にしている旨主張する。

しかし、引用例2の発明を、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させるものであることのみに限定して主張する点で失当であるし、少なくとも加熱(焼成)温度が重複している範囲において吸着のメカニズムが相違しているとは認め難く、原告の上記主張は採用できない。

(3) 以上のとおりであって、相違点<1>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  乙第1号証(「農業土木ハンドブック」丸善株式会社・昭和32年6月20日発行)には、土壌粒子のうち「砂」と区分されるものは、日本農学会によれば最大2mm、最小0.01mm程度の粒径のもの、JISによれば最大2mm、最小0.05mm程度の粒径のものと記載されていることが認められるところ、コーラルサンドは、その名称からして珊瑚に由来する「砂」であるということができるから、コーラルサンドが粒径1mm程度のものを含むものであることは、本件発明に係る分割出願の原出願時において周知の事項であったものと認められる。

そうすると、訂正発明のように、コーラルサンドの粒径を平均1mm程度とすることは当業者が容易になし得たものと認められる。

(2)  原告は、本件発明の原出願時(昭和54年)に用いられていた規格は昭和51年度改定の「JIS Z 8801-1976」であり、これによれば、引用例2に示された20~100メッシュは0.840~0.149mmの粒径を示すことになり訂正発明の1mm程度を開示するものでないことは明らかであるとして、この点にういての審決の認定の誤りを主張する。

仮に、昭和51年度改定の「JIS Z 8801-1976」によって解釈したとしても、20メッシュに対応する数値は0.84mmであって、それ自体1mm程度のものといえなくもないが、上記のとおり、コーラルサンドが粒径1mm程度のものを含むことは周知であったから、引用例2のサンゴ化石吸着剤の粒径の如何にかかわらず、コーラルサンドの粒径を平均1mm程度とすることは当業者が容易になし得たものというべきであり、引用例2のサンゴ化石吸着剤の粒径についての認定の当否によって、上記判断が妨げられるものではない。

(3)  以上のとおりであって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

5  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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